大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(特わ)4177号 判決

本籍

神奈川県相模原市橋本五丁目二〇九番地の一二

住居

同市橋本五丁目二九番八号

会社員

鈴木由美子

昭和二三年二月二三日生

本籍

神奈川県相模原市橋本五丁目二〇九番地の一二

住居

同市橋本五丁目二九番八号

不動産賃貸業

鈴木直美

昭和二七年九月二七日生

右の者らに対する各相続税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官髙畠久尚、同永村俊朗及び弁護人小又紀久雄各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人両名をそれぞれ懲役一年六月及び罰金三〇〇〇万円に処する。

被告人らにおいて、その罰金を完納することができないときは、金二〇万円をそれぞれ一日に換算した期間、

その被告人を労役場に留置する。

被告人両名に対し、この裁判が確定した日から三年間それぞれその懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人鈴木由美子(以下、被告人由美子という)及び同鈴木直美(以下、被告人直美という)は、神奈川県相模原市橋本五丁目二九番八号に居住していた両名の実父鈴木直吉の死亡により同人の財産を共同相続したことに関し、分離前の相被告人靜野武弘、同柴山幸三及び同村岡紀英と共謀の上、被告人両名の相続税を免れようと企て、被告人両名の正規の相続税課税価格が合計八億四八八四万九〇〇〇円で、このうち被告人由美子分の正規の相続税課税価格は四億四二四八万円五〇〇〇円、被告人直美分の正規の相続税課税価格は四億六三六万四〇〇〇円であった(別紙1の相続財産の内訳及び別紙2の脱税額計算書参照)にもかかわらず、平成七年一一月二七日、同市富士見六丁目四番一四号所轄相模原税務署において、同税務署長に対し、村岡において、相続財産である土地の地積及び価額を過少に計上し、割引債券等の一部を除外するなどして、相続税課税価格を減少させる方法により作成された、被告人由美子及び被告人直美の相続税課税価格が合計三億八八四四万一〇〇〇円で、このうち被告人由美子分の相続税課税価格は二億四〇四万九〇〇〇円、被告人直美分の相続税課税価格は一億八四三九万二〇〇〇円であり、これに対する被告人由美子の相続税額は五一三九万七二〇〇円、被告人直美の相続税額は四五五七万八七〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書(平成一〇年押第四六二号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、不正の行為により、被告人由美子の正規の相続税額一億六六二九万九七〇〇円と同人の右申告相続税額との差額一億一四九〇万二五〇〇円(別紙2の脱税額計算書参照)を免れるとともに、被告人直美の正規の相続税額一億五二七二万四二〇〇円と同人の右申告相続税額との差額一億七一四万五五〇〇円(別紙2の脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

〔括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求の書証番号を示す。〕

一  被告人両名の当公判廷における各供述

一  第一五回公判調書及び第一六回公判調書中の被告人直美の各供述部分

一  第一九回公判調書中の被告人由美子の供述部分

一  被告人由美子(二通、乙二、三)及び同直美(三通、乙六ないし八)の各検察官調書

一  第一回公判調書中の分離前の相被告人靜野武弘、同柴山幸三及び同村岡紀英の各供述部分

一  第八回公判調書中の証人岡本恭子及び同佐久間田鶴子の各供述部分

一  岡本恭子の検察官調書(甲一四、不同意部分を除く)

一  分離前の相被告人靜野武弘(乙一三)、同柴山幸三(乙三二)及び同村岡紀英(乙六三)の各検察官調書

一  鈴木進(甲一〇)及び佐野榮一(甲一三)の各検察官調書

一  大蔵事務官作成の土地調査書(甲一)、家屋・構築物調査書(甲二)、出資金調査書(甲三)、割引債券調査書(甲四)、現金調査書(甲五)、預貯金調査書(甲六)、家庭用財産調査書(甲七)、その他の財産調査書(甲八)並びに債務及び葬式費用調査書(甲九)=甲一ないし八についてはいずれも不同意部分を除く

一  相模原市長作成の戸籍謄本(乙九)

一  検察事務官作成の捜査報告書(甲一七)

一  大蔵事務官作成の領置てん末書(甲一九)

一  押収してある相続税の申告書(被相続人鈴木直吉)一袋

(平成一〇年押第四六二号の1)

(事実認定の補足説明)

被告人両名及び弁護人は、被告人両名が脱税請負人である分離前の相被告人村岡紀英(以下、村岡という)らと共謀した事実はなく、被告人両名は、村岡が税理士であって、村岡が合法的に税金を減額することができると思っていたのであり、村岡が行った本件相続税の申告が不正な方法によることを認識していなかった旨主張している。

被告人両名が当初本件相続税の申告を依頼していた税理士岡本恭子(以下、岡本という)の証言及び検察官調書(甲一四、不同意部分を除く)、被告人由美子の検察官調書(乙三)並びに被告人直美の検察官調書(二通、乙六、八)によれば、被告人両名は、平成七年一一月一四日ころ、被告人直美が、岡本から、最終版として申告書の原稿のコピーを渡された際、それに記載された税額が合計約三億二〇〇〇万円であることを認識しており、その後、同月二四日、相模原税務署に赴いて、村岡が本件相続の申告をするのに同行した際、同税務署から交付された納付書に記載された税額が合計約九七〇〇万円であることを認識していた事実が認められるから、本件相続税の申告時において、正規の税額より二億円以上過少な申告がなされたことを認識していたというべきである。

この点に関して、被告人両名は、公判廷において、前記岡本から交付されたコピーは最終版として税額を示されたものではなく、税額はそれまで何回も変わっていたから、その後も税額が変わるであろうと思っていたという趣旨の供述をしている。しかしながら、このとき岡本から示された税額は、それまでとは異なり、申告書に記載されたものであった上、岡本は、公判廷及び前記検察官調書において、相模原税務署から相続財産の土地の仮路線価が示されれば、最終的な税額を算出できる状態であったところ、その仮路線価が示されたので、最終版としての税額を被告人直美に伝えたのであり、その事情は被告人両名も知っていた旨供述しており、被告人直美が記帳していたノート一冊写し(乙六添付)の同月一四日の欄には、岡本が申告書を持ってきてくれた旨の記載があり、岡本が示した税額が正確に記載されている。これらの事情に照らすと、被告人両名の当公判廷における前記各供述は信用できない。

さらに、岡本は、公判廷において、同月二一日ころ、被告人直美から電話で税金が一億円か二億円安くなったことを聞いたため、正規の手続きではそのようなことはあり得ないから、それは不正な行為であると伝え、不正な行為を未然に防ぐため、申告書等に署名捺印したかどうか、申告書を取り戻せないかどうかを尋ね、自分が作成した申告書の原稿を被告人直美に渡していたため、自分たちの事務所が不正に加担していると疑われては困るので、相模原税務署にそのことを説明するかもしれないと伝えた旨証言している。右証言の内容は、被告人両名と脱税請負人との間を仲介した鈴木進が、検察官調書において、被告人直美から岡本が所属する事務所から税務署に告発すると言われていることを相談された旨供述していること、被告人直美が記帳していたノート一冊写し(乙七添付)の同月二一日の欄に岡本から相模原税務署に電話すると脅され、そのことを鈴木進に相談し、それでやる決心がついた旨記載されていることなど、他の証拠と符合している上、被告人両名が、同月二九日、佐久間田鶴子及び岡本と面談した際、佐久間及び岡本から繰り返し訂正の申告をするように求められたという経緯から見ても、自然かつ合理的であり、信用できる。岡本の右証言によれば、被告人両名は、少なくとも同月二一日ころには、岡本から指摘を受けるなどして、村岡らが行おうとしている本件相続税の申告が不正なものであることを認識していたというべきである。

この点に関して、被告人両名は、公判廷において、政府系の学校法人に寄付することによって合法的に税金を減額することができると認識していた旨供述している。しかしながら、被告人両名の当公判廷における各供述は、被告人両名が、村岡らからだまされることを警戒していたにもかかわらず、寄付の額、寄付の相手先について確認することなく、その大半が寄付されるものと思って、同月二四日仲介人を介して合計一億二〇〇〇万円もの小切手を村岡らに渡したというものであり、それ自体不自然である上、このように村岡らに支払った金員について、分離前の相被告人柴山幸三が代表者を務める会社名義の合計一億二三〇〇万円の「受領書」二枚にはいずれも「節税対策に基づく謝礼金」と記載され、被告人直美が記帳していたノート写し(乙七添付)の同月二四日の欄にも「礼金合計一億二千三百万円」と記載されているように、被告人両名の前記各供述とは矛盾する証拠が存在する。これらの事情に照らせば、被告人両名の当公判廷における前記各供述は信用できない。

以上の点に照らすと、被告人両名の捜査段階における「村岡らが行おうとしていた本件相続税の申告は何らかの不正な手段により税金を減額したものであることを認識していた」旨の供述は十分信用できる。

以上のような関係証拠を総合すれば、被告人両名には本件相続税のほ脱の故意があり、被告人両名は村岡らと共謀して右ほ脱を行ったものと認められる。

(法令の適用)

被告人両名について

一  罰条 被告人両名の各相続税ほ脱の点につき刑法六〇条、相続税法六八条一項、情状により同条二項(被告人由美子につき同直美の相続税ほ脱の点及び同直美につき同由美子の相続税ほ脱の点に関し、それぞれさらに刑法六五条一項)

二  科刑上一罪の処理 刑法五四条一項前段、一〇条(一罪として犯情の重い被告人由美子の相続税ほ脱の罪の刑で処断)

三  刑種の選択 懲役刑及び罰金刑を併科

四  労役場留置 刑法一八条(金二〇万円を一日に換算)

五  執行猶予 懲役刑につき刑法二五条一項

六  訴訟費用 刑訴法一八一条一項本文、一八二条

(量刑の理由)

本件は、父親の死亡により不動産等を相続した被告人両名が、脱税請負人である共犯者らに依頼して行った相続税の過少申告ほ脱の事案である。

本件犯行のほ脱税額は合計二億二二〇〇万円余りと多額である上、右ほ脱税額の合計が正規の税額の合計に占める割合も約七〇パーセントと高率であり、本件脱税の態様は、相続財産である土地の地積及び価額を過少に計上したり、割引債券等の一部を除外するなどしたというものであって、手段を選ばずに行われた大胆な犯行である。被告人両名は、正規の税額を納付するには、土地の一部を処分しなければならなかったことから、これを避けるため本件犯行に及び、当初依頼していた税理士が作成した申告書の原案を仲介人を介して、脱税請負人らに交付している上、その税理士らから再三にわたり脱税を思いとどまるように説得されながら、脱税請負人らの言葉に従って、本件犯行を遂行するなど、犯情は芳しいものではない。そうであるにもかかわらず、被告人両名は、本件犯行につき、公判で不合理な弁解に終始しているなど、真剣に反省しているとは言い難い。以上の事情にかんがみれば、被告人両名の刑事責任は決して軽視できない。

他方、被告人両名は、脱税の具体的な手段、方法等を自ら考案したわけではなく、信頼していた親戚の者の勧めから、脱税請負人である共犯者らが計画、主導した犯行に加担するに至ったものであり、脱税行為を行った結果については、その責任を率直に認め、修正申告を行った上、重加算税の賦課決定に異議申立てをしているものの、納めるべき税額の一部については納付済みであり、残額についても、今後物納等により納付することを予定しているなど、被告人両名につき有利に考慮すべき事情も認められる。

そこで、以上の事情を総合して考慮し、被告人両名を主文の懲役刑及び罰金刑に処した上、その懲役刑の執行を猶予することとした。

(求刑 被告人両名 懲役一年六月、罰金三五〇〇万円)

(裁判長裁判官 池田耕平 裁判官 山口雅髙 裁判官 下津健司)

別紙1

相続財産の内訳

平成7年3月10日現在

鈴木由美子、鈴木直美

〈省略〉

別紙2

脱税額計算書

納税者 鈴木由美子

〈省略〉

納税者 鈴木直美

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例